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〜 近況・雑感・徒然 〜

とりとめもなく感じたことなどなど。興味のおもむくままに・・・。ピアノや絵にまつわる話題多いかも。
   

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05/07/18(月)
ブログへ ブロク全盛の今日この頃。ブログに引越しすることにしました。
ホームページの更新にあまり時間をかけたくないこともあり、この雑記とピアノの練習メモに書いてたことは、以後、ブログに書きます。古いコンテンツも、少しずつブログに移してゆこうっと。ブログの方が、検索やカテゴライズしやすくて、きっと使い勝手はUPするはず?(と勝手に思ってる)

ピアノ的みちしるべの伝説

ではでは、今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

そらみみ

05/07/16(土)
世界バレエコンクール 今日は、世界バレエ&モダンダンスコンクールのクラシックバレエ部門ファイナルに行く。
バレエのことは、まだ入門したばかりで、わからないことばかりだけど、美しい舞に、うっとり見とれて、至極、満足。内心「凄い」「凄い」を連発していた。男性ダンサーの高い跳躍、切れ味のある回転、流れる線の美しさ、男の目からみても、惚れ惚れする。
上手い、上手くないはよくわからないのだけど、クラシックの作品の中で、気に入ったのは「タリスマン ヴァリエーション」というもの。繊細で揺れるような女性美が特に印象に残った。

クラシックもよかったのだけど、コンテンポラリー(最近の振り付けの)作品がより楽しめたかな。思わず会場が笑いの渦になるようなユニークな作品(振り付け)や、コミカルな踊り、男性ならではの激しさ力強さを表現したもの、さまざまで、ほんとうにバレエって、体を使った動く芸術であるなぁ、と思う。
(しかし、ほんとうに様々なコンテンポラリー作品、一体どうやう観点で、審査をするんだろうか?疑問)

2回の休憩をはさみ、4時間の長丁場で、正直、疲れました。(コンテンポラリーが後でよかった・・・)

(追記05/07/17)
バレエなんか、女性の楽しむものという偏見で、人生何年も、損してたかもしれない。自分で勝手に壁を作ってしまわないようにしないと・・・。
そう言えば、ピアノの先生によれば、バレリーナの多くの人は、バレエが上手くなるために、ピアノを習うのだそうだ。確かに、表現上のメリハリ、自然なリズム感・・・。ピアノを美しく奏でることと、バレエを美しく踊ることは、相通じるものがある。
美しさの基本は、背筋がすくっと伸びていること、変な力が入っていないこと、しなやかなことだ。

ん〜、本日、結果発表でコンテンポラリーで印象的な方が、上位入賞だなぁ。いいなぁと思った人が上位入賞するの嬉しいですね。

05/07/10(日)
スタインウェイ・フルコン
 の練習室
愛知県北部方面(大口町近隣)のピアノ好きな方には、耳寄りで嬉しいニュース。(ちょっと、号外を出したいくらいに!)
先週、新聞で、大口町にスタインウェイのピアノが寄贈された旨の記事が出てて、気になっていたのですが・・・。問い合わせてみると、なんと!、大口町のほほえみプラザにて、スタインウェイのフルコンD274が弾けることが判明。しかも以下の利用料で。

 ・ 9:00〜12:00 1900円
 ・12:00〜17:00 2500円
 ・17:00〜21:00 2200円(施設使用料とピアノ使用料の合算)

また、スタインウェイクラブなるピアノの友の会も発足で、会員になると、年会費3000円で
 ・ 9:00〜12:00 450円
 ・12:00〜17:00 750円
 ・17:00〜21:00 600円

で利用可能とのこと。もちろん、この会に早速入会しました。営利目的での利用はできないけれど、仲間内でのピアノの会などにも活用できますね。大口町近隣のピアノ愛好家の方には、たいへんお薦めです。新聞の記事では、ただスタインウェイのピアノという表現しかなく、まさかフルコンだったとは思ってませんでした。

今日の午後ずっと弾いたのですが、気持ち良く練習できました。スタインウェイ・フルコンを5時間も自由に弾くのは、はじめての体験で、じっくり弾いてみて感じたのは
 ・高音部、思ったよりも鳴らない(部屋の全面が吸音カーテンだったからか?)
 ・低音部、底なしにパワーに応えてくれる。
 ・思ったよりも鍵盤が重いかんじ(タッチは申し分なし)
 ・高音の金属性の響きが気になる(特にペダル踏んだ時)

など、まぁ猫に小判には違いないのですが・・・。
普通は、こういうピアノはホールの奥にしまわれて、あまり利用されない話も耳にしますが、音楽室で利用できるようにしてくれた関係者の英断に深く感謝!大いに活用させて頂きます。

連絡先:大口町スタインウェイ友の会事務局(温水プール内)0587-95-3155

05/07/09(土)
ピアノの歌 ピアニッシモになるまでを耐え指先を離れゆくらし音のかげろう  飯沼鮎子

三十一文字(みそひともじ)のパレット2より。万智さんの解説にもあるように、かげろうは、陽炎よりも、蜻蛉だと思う。曲の最後、ピアニシモの消え行く中、最後に指先を離す瞬間を「音のかげろう」とは、なんて素敵なんだろう。

ためいきや弱気の夜もあったっけピアノ弾きつつ思う三年  俵万智
(元歌は  その夜かの夜よわきためいきせまりし夜琴にかぞふる三とせは長き  与謝野晶子)

みだれ髪チョコレート語訳2より。う〜ん。ピアノを弾きながら、そんなこと、僕は考えない。というか、まだ考える余裕は無い。 俵万智さんは、ピアノを弾かれないから、こういう訳になるのかな?弾いているのではなくて、聴きながら、頭を過ぎったんじゃないだろうか?

05/07/07(木)
チャイコフスキー
 コンクール
今更と言われそうだけど、中村紘子著「チャイコフスキーコンクール」を少し前に読んだ。出版されてから既に15年。ピアノ界の古典的名著でしょうか?

趣味でピアノを弾くとは言え、特別に熱心なクラシック音楽愛好家でもないので、ピアノ好きの方との話についてゆけないことも、あるのだけど、少しは改善されるでしょうか?

・コンクールの裏事情 ・どんな観点で審査されるのか? ・クラシック音楽界に根強く残る女性差別(本書を読んで、上原彩子さんの1位の意味の重さを再認識) ・ロシアピアニズムの系譜(プレトニョフ、ブーニンらも出てきますね)、などなど興味深かった。

本書の問題提起で一番目を引いたのは、今のコンクールの仕組みでは、一芸に秀でた天才は発掘できないという問題点。コンクールの審査は、古典派から、ロマン派、現代、アンサンブルまで幅広いジャンルのどれでも、合格点を取ることが上位入賞の鍵となる。だから、モーツァルトだけ、バッハだけ、圧倒的な才能があっても、予選突破は覚束ないとのこと。偏った分野の100点よりも、平均して80点とれるピアニストが上位に行く。
およそ人間の行うこと、完全なシステムはないのだけど・・・。でも逆に、1つの作曲家、いや1つの作品についてだけのスペシャリストは、案外、身近にいるのかも?アマチュアのピアノ弾きにも1曲だけなら歴史的名演!の可能性はあるのだろう。

折りしも、今年は第15回ショパン・コンクールの年。予選スタートは9月。読んでおくと、コンクール、楽しめるんじゃないでしょうか?今読むなら「コンクールでお会いしましょう」の方かな?

今年は、女史のリサイタルも是非、行ってみたい。

05/07/05(火)
かたつむり 1年ぶりぐらいに、モーツァルトのソナタK.331(第1楽章)を弾いている。大好きなのだ。
最初にとりかかったのが、2002年の2月なので3年越し。第6変奏の左手で、どう練習しても、うまくいかない箇所があり、チャレンジする度に、跳ね返されていた。
1年ぶりだったけれど、数日、弾いたら、ほぼ1年前の状態に戻って、嬉しいことに、その難関の左手が、けっこう進歩しているのに驚く。粘りが出てきて、ついてゆける感じなんですね。
牛歩というよりも、恐らく、蝸牛よりずっと遅いスピード。でも、進歩している。ピアノを弾いてて嬉しい瞬間。
30も過ぎてしまうと、本当に弾けないところは、1ヶ月、2ヶ月の練習で、どうにかなるものではない。1年、2年の単位なんだなぁ。チェルニーやハノンのような、確実な上達のメソッドが存在するおかげで、こういう喜びが感じられる。幸せなことだ。

話は変わって、日経新聞俳壇(7/3)

青空といふもの知らず蝸牛
(船橋 白石 勉)

この句はいい。大きな空と、小さな蝸牛の対比、乾いているものと、潤っているものの対比がうまい。恐らく、人間は誰しも蝸牛のような存在で、自分には窺い知ることのない、大きな存在、世界があることを暗示している。青空に縁が無い中で、けなげに頑張る蝸牛的存在に対して、作者の冷静さを失わない中で、さりげないいたわりの気持ちも感じられる。たった17文字で、よくもまぁ、俳句の奥深いこと。
でも、最近、蝸牛君をあまり見ないのだけど・・・。彼等、元気にしてるんだろうか?

05/07/02(土)
ピアノリサイタルへ ボリス・ペトルシャンスキーのピアノリサイタルに行く。
この前のプレトニョフに感激して、どうも、ロシア人の追っかけになってるなぁ・・・。 会場の「みのぎくホール」、こじまんまりとしたホールで、かつ、舞台が客席よりもかなり低い位置なので、目の前で、指の動きまで良く見える中、迫力の演奏を楽しむ。このホール、公開レッスンなどにうってつけですね。

前半のショパン、どれも、好感のもてる演奏。後半、超絶技巧と爆音が炸裂するスクリャービンとリスト、間近で見ると、迫力あって、ほんとうに、凄い。聴き応えあり。
今回、作曲家が変わるまでは、拍手しないようにとのことで、拍手したいのにできないのは、ちょっとストレスですね。前半のショパンに関すれば、曲と曲の組み合わせで、ソナタのような、効果を意図されていたんだろうな。即興曲で何気なく、スルスルスルっと始まり、幻想***で自在に展開して、フィナーレは英雄ポロネーズで飾る、だ。

聴いていて思ったのは、美しさの基本は、やっぱりレガートだなぁということ。フレーズのかたまりを、もっと感じて、音がきれいに繋がることで、音楽に命が宿るんだなぁ〜と。
非常に弾くフォームが美しくて、すくっと伸びた背筋、肘から手首から指先まで、きれいにしなった手の形、無理の無い丸い曲線を描いてる。そのフォームと奏でられる音は、相似の関係にあるように感じる。音の粒が、とても丸くまろやかに感じられたのは、テクニックもそうだけど、たいへん弾き心地の良さそうなベーゼンドルファーのピアノにもよるのだろうか・・・。

あとフィニッシュのフォルテシモを決めた後、左手をグルッと高速で回転させる、キメのポーズ、あの回転スピードは、イチローのバットよりも高速だろうなとか、馬鹿なことを考える、駄目そらみみでした。

自分が弾いたことのある曲は、非常に興味深く聴けるのだけど、アンコールの最後のワルツ7番、今まで聞いた中で、もっともゆっくりで、味わい深い。9番ワルツを思わせるような、おぼろげに、しっとりと歌われた7番。あぁ、こういうのもいいなぁと。弾き飛ばす人が多いから。

いい演奏を聴くと、自分の駄目・駄目さに、ため息ですね・・・。おい、空耳、君、人前で、弾いちゃちゃいかんよ・・・。何が楽しくて、この年になって、ピアノを練習するんでしょうね・・・。

プログラム
〜前半(Allショパン)〜
・即興曲第1番 ・幻想即興曲  ・幻想曲 ヘ短調 Op.49   ・ポロネーズ第7番 「幻想ポロネーズ」
・ポロネーズ第6番「英雄」
後半
・2つの詩曲 Op.32 ・ワルツ Op.38 ・幻想曲 ロ短調 Op.28  以上スクリャビン
『巡礼の年報第2年イタリア』への追加「ヴェネツィアとナポリ」
ゴンドラの漕ぎ手、カンツォーネ、タランテッラ 以上リスト
アンコール
超絶技巧練習曲「雪かき」、スカルラッティ「ソナタハ長調」、ショパン「ワルツ7番」
in羽島市文化センター みのぎくホール

05/06/29(水)
ピアノを弾くこと 春の夕べ小さく芽生えた恋心ピアノ弾くうち忘れてしまう  俵万智
(元歌は  そと秘めし春のゆふべのちさき夢はぐれさせつる十三絃よ  与謝野晶子)

季節がずれてるけど、まぁいいか。ピアノを練習していると、雑念や浮わついている気分も不思議と鎮まるのだ。それが、またピアノの良いところかな。イイコトがあるかも?と変に想像するのは、なんだか浅ましい感じ。それよりは腰を据えて、地道に何かやってる方が、精神的には落ち着くし、自分には合ってる。さぁ、練習にとりかかろう!(出典:みだれ髪チョコレート語訳2

深夜0時、全40面クリアー目指し、チェルニー城へ突撃敢行  そらみみ

今のところチェルニーの練習曲は、機械体操、ゲームの感覚で、わりあい楽しく消化中。その昔、テレビゲームにはまった経験が、このような形で、役に立つとは、思いもしなかったなぁ。ほんとうに。
何がどういう形で、将来に繋がるのか、まるでわからないところが、人生ゲームのおもしろさ。

05/06/27(月)
個性的なこと その2:ライブハウスにて
意中の「クオレ」観たさに、大阪のライブハウスへ。いつもながらに、クオレ・井波さんのピアノと声、魅了される。音の使い方、雰囲気に、なんだかとても惹かれるものがあるんですね。

この夜は、対バンの演奏も楽しく、いろんな個性が花開いていた。自分がライブハウス巡りをし出して、まだ日は浅いのなけど、なんて言うのだろうか、いろんなオブジェを見る感覚で楽しいのだ。
この夜の4バンドの個性を、たいへん大雑把に表現すると、「壊れかけ」てたり、「サバサバ」してたり、「張り詰めて」いたり、「野生的」だったりで、皆、いろんな形ではあるけど、それぞれのスタイルを追求してゆくと、不思議に味が出てくるんだなぁ。そして、皆さん、たいへん格好いいのだ。確固とした自分のスタイルがあることが、格好良いことの、一つの条件なのだろうか?

もともとは、好きな音楽、心地よい音楽を求めていたのけど、そういう視点で観てないことに気付いた。なんだか、音楽を越えて、個性の発表会なんですね。音楽は個性を乗せる一つの手段。音楽を「合う・合わない」「上手い・上手くない」「音楽性のあり・なし」といった一般的な座標軸以外の、「個性の極め度」のような座標軸があると、随分楽しく、ライブを見られるんじゃないかな?

対バンの感想。
「まちゅこけ」・・・インパクトは大変強かった。沖縄とスペインを足して2で割ったような、アマゾネスサウンド。迫力のギターに、思わず笑いが沸き上がってくるのが、我ながら不思議。(トムとジェリーの笑いと似てる・・・)
「浅田真央」・・・「涙をペロリと舐めたら、ビールの味がした」という歌詞が、なんだか妙に頭に残る。面白い詩に出会うのも、ライブの楽しみの一つ。

あくが強く、個性的なのは、関西だからかな?とにかく、大変楽しいライブだった。ライブハウスにはクラシックの美しい調べを味わうのとは、また別の面白さがある。和食とカレーぐらいに違うけど・・・。

in 大阪・十三・テハンノ

その3:ピアノ発表会
は、ピアノメモのところに書きました。



 空耳君、楽しくて良かったね。
 in帰り道・梅田
05/06/26(日)
蓮の花のトリビア 6/25,26と関西へ小旅行でした。
昨日は、初めて奈良の大仏様に御対面、夜はライブハウスへ、本日はピアノのミニ発表会に参加させて頂いて、我ながら濃い二日間。

その1:奈良の大仏
古くからの友人T君に奈良の道案内を頼み、予習なしの、お気楽な奈良散歩。あまり時間が無くて、奈良公園をぶらっと。興福寺国宝館、東大寺へ。この日はとにかく暑い。陽を浴びると滝のように汗が吹き出る。
博識のT君は大手電機メーカーのエンジニア、会うたびに、楽しい話が出てくる。お互い仏教美術に特別に興味があるわけではないので、通り一辺倒に見学し(それでも国宝館の、愛らしい聖徳太子三歳像や、阿修羅像などは印象的)話題は共通の仕事(IT系)の話題などに向かいがち。

いろんな話の中で、一番のトリビアは、大仏様と自分の仕事は意外な関係で結ばれていたという事実。
自分は今まで、5年間ぐらい、Lotus社・Notesというソフトウェアでシステムを作る仕事をしているのだけど(Lotus社は、現在IBMに買収)、大仏様を含め仏教・お釈迦様にゆかりの植物「蓮(はす)」の英語は、Lotusなんですね。
迂闊にも今まで、社名のLotusは造語に違いないと思い込んでいて、辞書をひこうという発想がなかった。5年間、意味を知らずに接してきたこと、恥ずかしい。
Lotusはソフトウェアの世界の他に、F1レースの世界にも出てくるブランド名なので、「Lotus=蓮」は結構、常識じゃない?というのがT君の見解なのですが、どうなんだろう?
今、表計算ソフトと言えば、Excelだけど、Excelの天下の前、表計算ソフトと言えば、Lotus123だった時代もあったなぁ。

家に帰って、再度辞書を引いたら、Lotus=ギリシャ神話に出てくるロトス(その実を食べると現世の苦悩を忘れられるとされた)木の実かな? の意味もあり、Lotus社の社名の由来は、こっちじゃないかな?外国企業って、けっこう凝った名前多いような。Oracleもそうだし。駄洒落の延長でネーミングする日本企業の社長殿、品性が問われますぞ!

日常、よく目にする言葉の裏には、実は、いろんな意味が潜んでいて、面白いのだ。

笛吹き菩薩
 笛吹き菩薩?、あなたの笛を聴かせておくれ。
 in 東大寺

 空耳よ、まだまだであるな。
 in 東大寺大仏殿

05/06/23(木)
蛍三景  思い立って蛍を見に行った。
太平洋岸の平野部は、もう旬を過ぎていたようだけど、運のいいことに、数匹、光ってくれた。
緑の光に、しばし魅入られる。宮本輝「蛍川」に出てくるような蛍の大群舞を一度見てみたいと思う。

胸底の闇に蛍を飼ひながら
緑の光を時々は吐く          大口玲子

たましひのたとへば秋のほたる哉  飯田蛇笏

物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂(たま)かとぞみる
                      和泉式部

(追伸)
蛍に魅入られてしまったのか、ピアノの練習中も、蛍の影がちらほら。憂いのノクターンなどは、なんだか蛍の響きのように感じられるのでした。

05/06/21(火)
コメント力
 &エースを狙え 
「声に出して読みたい日本語」の著者、斎藤孝氏の「コメント力」を読んだ。
会議、雑談、映画、美味しいものを食べたとき、などなど、いろんな場面で求めれらるコメント。この一言、二言の感想を、味のある面白いものにするポイント、法則のようなものについて、まとめられてました。(読むには楽しいけれど、すぐ実践できるかというと、甚だ疑問・・・)
カリフォルニア州知事選挙で、生卵を投げつけられた時のアーノルド・シュワルツネッガーの、必殺のコメント「奴にはベーコンの貸しだ!」などなど、思わず唸ってしまうようなコメント満載。

それらコメントの例の中で、子供の頃読んだ、マンガ「エースを狙え」(主人公、岡ひろみのテニスの話)の懐かしい台詞が紹介されていて、とても懐かしい。妹が持ってたのを、こっそり読んでたんですね。20年近くたってまだ、覚えているのだから、当時、相当インパクトがあった台詞だったに違いない。この岡ひろみのコーチ、宗方は名コメント・メーカーなんですね。
例えば、主人公、岡ひろみが思いを寄せる同じくテニス選手藤堂に対して、ビシッと一言だけ

 「男なら女の成長をさまたげるような愛し方はするな!それだけだ」

ベスト4をかけた戦いで窮地にある岡の「コーチ。つぎどうしましょう」に対して

 「それはおまえの体におしえこんである。あとは精神力だ。ここまでだと思ったときもう一歩ねばれ!それで勝てないような訓練はしてない」

む・む・む、格好良すぎ。極めつけは、恋愛に心揺らぐ岡へ、再びテニスに情熱を傾けさせるために

「意識していようといまいと、おまえはその手で無数の選手を打ちたおし、全員を踏み台にしてここまでのぼってきた。その選手たちの一人一人の踏まれる痛みを思ったことがあるか。」

著者の談ではないが、ほんとうに「宗教の域に達した言葉」だなぁ。この言葉、なんだか普遍性がある。生態系の頂点(いわば勝者)にある人間が、なぜ生をまっとうしないといけないのか?生きる意味は?の一つの答えのような気もする。生きてゆくために何かを食べるということは、人間が踏み台にして、失われた多くの命、天寿をまっとうできなかった命の無念、痛みがあるということだから・・・。(いきなり、ちょっと深刻な話をしてしまいました。すみません。)

「自分の未来に限界をおいてはいけない。しかし現在の限界を無視してもならない。」

ピアノ好きの自分としては、これなんかも、なかなか含蓄深い名言じゃないかな?憧れの曲、今は無理でも、いつかはきっと弾ける!と希望だけは失わないように!

05/06/18(土)
古道具 中野商店 お気に入り、川上弘美さんの新作「古道具 中野商店」ようやく図書館の予約が回ってきた。 相変わらず、川上さんの古風な雰囲気の独特な文体は健在。「センセイの鞄」と同じくらい好きかな。

生きることが今一つ下手っぴいな主人公「菅沼ひとみ」ともう一人「たけお」の恋愛を軸に、ちょっと癖のある古道具屋の人たちとの間に持ち上がる、ありそうだけど、やっぱりちょっと変な、心温まる話でありました。

川上さんの手にかかると「エクセル」や「ピーシー」などの新しい言葉もなんとなく、柔らかな響きの古くからの日本語に聞こえるくるのが、不思議。古道具的に感じられるが不思議。主人公「菅沼ひとみ」、ぽつんと寂しいようで、温かいようで、応援したいキャラクター。
最後の一文、
 「新しくあけたワインの瓶が、茶碗のふちにあたって、かりん、と澄んだ音をたてた。」
とあるように、新しいもの(=ワイン)と古いもの(=茶碗)が、うまく混ざって、「かりん」と素敵な音が響いてくる、そんな味わいの物語。読後感も、なかなかよろし。派手さとか、ドラマチックとかでは無くて、野原にポツポツ咲いている、心温まるタンポポ?のような風景が広がります。

川上さん、日本語の使い方が、本当にうまいと思う。川上さんに手折られ、また編み込まれた、やわらかな言葉の世界、お楽しみあれ。

こんな言葉たちが登場していた
・悠揚せまらざる  ・あこぎ  ・店主端倪すべからず  ・さても  ・ちんまりと
・へどもど   ・滂沱の涙   ・剣突く  ・くさされる  ・うっちゃる  ・じくじ
・ちんちろりん  ・のらくら

05/06/15(水)
勉強するのが
楽しくなってきた
少し前、英語のテストを受けた。散々の出来だった。
リスニングなどは不快指数100%を越えていた。
これは、いかん!と気を取り直して、少しずつ勉強することにした。
今日のリーディングの題材は、企業活動についての短文。
「operate」の意味が分らないので調べる。すぐに思いつく「機械を操作する」の他の意味が知りたかったのだ。
今回知りたかった意味は、ビジネスの世界で「取引をする」「経営する」「活動する」という意味で一件落着だったのだけど、 もう少し辞書を読むと、もともとは仕事(opera)をする(ate)なのだそうだ。
オペラ?気になるな・・・。
で「opera」を引くと、もちろん「歌劇」「オペラ」の意味だけど、もともとは「仕事、作品」だったんですね。
はじめ、広い意味で使われてた言葉が芸術作品だけに対して使われるようになったのか。なるほど!
で、その「opera」にはもう1つ「opus」の複数形でも使われるということも発見。
「opus」は、よく省略形「op.」で、クラシックの作品番号を表すための記号ですね。

ということで、「活動する」「オペラ」「op.」が一直線でつながったのでした。
英語が堪能な方には、常識なんでしょうけど、目から鱗で、楽しい発見でした。世の中、知らなくて楽しいことがたくさんありますね。
勉強するのが楽しくなってきた。(クオレ「ひとり暮らし 」より)な感じであるなぁ。

日々、ピアノを練習する中で、自分の学習能力も、実はまだ捨てたもんではないことに気付いたので、なかなか厳しいには違いないけれど、なんとか英語も物にしたいと野心を燃やしているのでした。

05/06/05(日)
シャガールと木の葉
 谷川俊太郎詩集
たまたま手にとった谷川俊太郎さんの「シャガールと木の葉」という詩集に、素敵な詩が載っていた。
谷川俊太郎さんの詩には、しばしば音楽が登場しますね。この「シャガールと木の葉」に収められた他の詩にも、モーツァルトやバッハ、ラベル、登場しています。館野泉さんに捧げられた「星の組曲」なども収められています。どの詩もとても味わい深い。

谷川俊太郎「音楽の前の・・・・・・」(より抜粋)

美しい大きな木の箱の宇宙でやがて私たちは無垢な子供
音符の蝶々と戯れ旋律の急流を泳ぎ和音の森に憩い

トレモロの指にくすぐられアダージョの手に抱かれて
いつか見知らぬたましいの地平へと連れ去られる

人が音楽を愛するよりももっと深く 音楽は人を愛してくれる
せめぎあう人の歴史に背いて今日私たちは杯をあげる

この静けさに音は生まれ この静けさに音は還る
この静けさから聴くことが始まりそれは決して終わることがない

05/06/04(土)
プレトニョフ
 ピアノリサイタル
プレトニョフのリサイタルを楽しんだ。
ミハイル・プレトニョフ、ロシア・ピアニズムの巨匠。
ほんとうにロシアだと思った。憂愁の大地のロシアの息づかいが、帝政ロシア時代、貴族達の手で優雅に成熟していった芸術が、そういうものが演奏に宿っていたと思った。
優雅ではあっても、感情に流されることなく抑制の効いたロマンティシズム。憂いの漂うロマンティシズム。とてもダンディで、徹底的に姿勢が良くて、スマートだ。ロシア貴族の真のダンディズムは、かくありなんか。惚れた。

プログラムの演目はどれも良く、24の前奏曲は、24枚の傑作絵画を、詩を味わったような感じ。フレーズの対比や、くっきりと浮かび上がる旋律、なんとも言えない間の取り方や、十分に吟味されてて、こういう素晴らしい芸術作品になるんだろうな。 悲愴ソナタも、味わい深いものでした。
びっくりしたのは、アンコールのモーツァルト「トルコ行進曲」ロシア的なアレンジで新鮮。(歴史を振り返ると、トルコとロシアは文化的に親和性があるんだな。ロシア正教会は元を正せば、トルコはイスタンブール=東ローマ帝国コンスタンチノープル)
そのロシア趣味以上に驚いたのは、宙に浮かぶオブラートの包み紙に、極小の文字を、紙を少しも揺らすことなく書き連ねて行くようなピアニシモの速いパッセージ、度肝を抜かれた。

今夜は、改めて、ピアノの素晴らしさを感じたわけで、日々、練習に励むべし。また来日される時は、聴きに行こうと思う。

プログラム
ベートーヴェン・ピアノソナタ第7番、第8番「悲愴」
ショパン「24の前奏曲」
アンコール、ショパン「バラード1」、モーツァルト「トルコ行進曲」、スカルラッティ「ソナタニ短調」
in 豊田市コンサートホール 17:00〜

05/06/01(水)
チョコレート革命
俵万智「チョコレート革命」読んでました。さすがは短歌界のプリマドンナ、目がくらむような作品の数々ですね。 そこで、空耳短歌大賞を勝手に選びました。恐れ多いことです。インパクトのある相聞歌を多く選んでしまったかな。 今、個人的に文学の一番のヒロインは万智さんですね。

 鳴き交わす鶴のつがいや結婚をかくも迷える我らの世代

 一枚のタオルケットを分けあえばつぼみの中の雌しべになった

 やさしすぎるキスなんかしてくれるからあなたの嘘に気づいてしまう

 深く厳しく我を愛せよ「地獄の門」刻んでいたるロダンの手より

 きつくきつく我の鋳型をとるように君は最後の抱擁をする

 スリッパの右と左を間違えたような感じに響くサヨナラ

 思いきり見つめることの言い訳の小道具となる日もあるカメラ

 抱きあわず語りあかせる夜ありてこれもやさしき情事と思う

 言葉にはならぬ思いを日々こぼすエリカ小さき花を落として

 この冬はともに眺める人ありて少し大きめのシクラメン買う

 君とゆく京都思えば京の字が今宵やさしく溶けてゆくなり

 天井低きホテルに我ら逃げ込みぬウォッカオレンジのような二時間

 罰としてくるクリスマス・イブは雨、聖しこの夜一人で眠る

 贈られしシャネルの石鹸泡立てて抱かれるための体を磨く

 男ではなく大人の返事をする君にチョコレート革命起こす

「ロダン」や「鋳型」「ウォッカオレンジ」の激しさは、ちょっとびっくり、鮮烈。機知に富んで勇ましい「チョコレート」、感じのいい映画のワンシーンのような「雌しべ」、ショパンのノクターン8番のような「京都」もとてもいい。
そんな中で、あえて一作を選ぶとすると「エリカ」の歌かな?端整でリズムが美しい。短歌って本当に、言葉の芸術だと思う。写真や絵と、通じるところが多い。独り身には、けっこう辛い歌も多いけど、「チョコレート革命」時折手にとってみたい。めくるめく言葉の饗宴なりし。

05/06/01(水)
水滴に世界を見る
ここの5/30の雫の写真、とてもいいなぁ。

05/05/27(金)
伝承者
先週のピアノ練習の雑記に書き忘れたのだけど、この日、レッスンで嬉しいことがあったのだ。
先生から「空耳さんが発表会で弾いたノクターンを、弾きたいと言う生徒さんが、何人かいられるんですよ!」と知らされて、とても嬉しかったのだ。
ショパンの非常に有名な曲とまでは行かないけれど、超絶技巧が無くて練習したら手が届く、こういう佳曲があることを、小さな生徒さんに知ってもらったこと、曲の良さを肌で感じてもらえたこと、とても嬉しい。ショパン先生へ、ささやかな恩返しが出来た気分でもある。演奏者冥利に尽きる。自分の今一歩ピアノにも少しは、存在価値があったんだなぁ!と喜ぶ。

確かに、自分の場合も、有名なピアニストの演奏よりも、近いレベルの方の演奏の方が「弾いてみたい!」と感じることが多いのだ。高名なピアニストの素晴らしい演奏は、凄いなぁ!とため息をついても、なかなか、同じように弾きたいとは思えてこない。遠くに聳えたつヒマラヤの峰を仰ぎ見るようで、「君なんか、まだピアノを弾く資格がないよ!」と逆にピアノから拒絶されるように感じたりもする。
でも、自分に近い人が奏でるピアノには、素直に、自分も弾いてみたい!と思わせる力があるんだなぁ。ちょっと頑張れば、手が届くかも!と練習に励む気もしてくる。自分の少し先を行く先輩、奮起する気持ちを呼び起こしてくれる仲間が近くにいるということは、実は、とても大切なことじゃないか?芸の世界で言われる、層の厚さとは、こういうことなんだなぁ。遥か遠くの目標よりも、近くの具体的な目標の方が、人間、頑張れるわけだし。

そうなんだ。いろんなレベルのピアノ弾きが必要なのだ。芸術のフロンティアを切り開くピアニストから、自分のような、ただの愛好家まで、いろんなピアノの担い手が必要なのだ。

音楽という大木の中の、小さな葉っぱの小さな葉脈ぐらいではあっても、ピアノを志す人は、皆、多かれ少なかれ役目を担っていて、音楽の感動を伝える、過去と未来を繋ぐ伝承者なんだと思う。
(いろんなことに意味を感じたいのは、おじさん化してる証拠かな・・・)

05/05/24(火)
ライブハウスで吹く
22日の日曜の夜、お気に入りのKABAさんに混ぜていただいて、ライブハウスで初めてリコーダーを吹いた。
ライブハウスでは、ずっと聴くばかりだったけど、演奏する方は初めての体験。
吹いたのはお気に入りザバダックの名曲「ポーランド」。心躍る5拍子。ザバダックの曲を吹くのは、ずっと夢だったのだけど、KABAさんのおかげで、あっけなく夢がかなってしまった。
ピアノのような緊張はなかったけど、失敗しませんようにと、内心、けっこうドキドキしていた。アンプを通して、離れたところから鳴るリコーダーの音が、あまりよく聴こえず、いつもと勝手が違う。

お客さんに聴いて頂くことを考えると、ちゃんと練習せねばと、いう気になりますね。精進、精進。
リコーダーの楽しみが、また一歩、前進した夜でした。

KABAさん、ありがとう!
(対バンの方々も、とても楽しく、いろんな曲が聴けて、たいへん楽しいライブでした。)

05/05/18(水)
リコーダーの練習
仕事帰り、名古屋栄はオアシスでKABAさんのステージを楽しんだ後、一緒にリコーダーの練習をした。
リコーダーは、一人で練習するよりも、合わせて吹くほうが、断然楽しい。
自分の怪しいリコーダーもどうにか及第点を頂けたようだけど、はてさて、週末、ライブハウスでもちゃんと吹けるかな?1曲だけなので大丈夫かな?どのくらい緊張するかな?
少し寒いぐらいの風の強いオアシスの公園は、ライトアップされた名古屋のテレビ塔もきれいで、なんだかいい一時だった。

オアシスに光と笛の音夜空駆け 草原の歌 産声上げる  そらみみ

草原の歌=草原の国の歌=ポーランド。ん〜、なんだかそのまんまやんか芸ないや・・・。とにかく、KABAさん、ありがとう!

05/05/15(日)
名言としての俳句
夏草や兵共が夢の跡

広く知られた芭蕉のこの句について、少し前の日経新聞にこんな記事が出ていた。
歌人・佐々木幸綱著の「芭蕉の言葉」によれば、この句はただの俳句ではなく、実は、名言として読むこともできると。
「夏草」は句の雰囲気を明るく照らしていて、暗くない。(個人的には、ギラギラと照りつける夏の太陽に、アオアオとした生命力溢れる夏の草、ひまわりのような明るいイメージですね。)
名言としての意味は「夢に生きた者たちは美しい」と、勇者と称えているのだそうだ。
なるほどと思う。俳句を味わう視点が少し開けた気がする。
 「夢を追いかけて生きる者は美しい」
はてさて、自分の夢は何なんだろう?

05/05/14(土)
変人さんの功績
昨晩、お客さんの飲み会に呼ばれる。で、結局盛り上がるのは、ユニークなキャラクターの誰かの噂話。
今、作業しているお客さんの所にも、いわゆる変な人が何名か在籍されてて、例えば、Aさんはこんな風に肴にされる。

「Aさんって、プログラムに没頭するあまり、静かなオフィスの中で「うゎ〜!」とか「あれ〜っ!」とか突然、素っ頓狂な叫びを上げるじゃない。あれ、いつもビックリするんだよな〜。」
「そうそう、あれ、驚くよな〜。それにさ、いつもカフスボタンしてるのに、シャツの袖は擦り切れてる。靴もボロボロ。カフスするより、シャツを買う方が先だよな〜。」
「靴がボロボロなのどうしてか、知ってる?ダイエットのために、足に10Kgのおもりをつけて、猛烈な勢いで階段を駆け上がるからだよ。」
「へぇ〜。それにブヒブヒ言いながら、すごい鼻息で後から迫ってくるから、恐いよな〜。」
「俺、隣の会社の子から、あの人、大丈夫なんですか〜?って聞かれたことあるよ。」
「凄いなぁ。ダイエットのために、一つ前の駅で降りて、歩いてくるって話しも聞いたことあるなぁ。」
「それなのに、また太ったて。それに、その話、実は女子高生目当てなんだよ。わざとすれ違うために、あの駅で降りるって、本人が言ってたぞ。」
「そう言えば、この話知ってる?前、お客さんのB社の女の子が来て、たまたまAさんの前に座った時、目を惹く為に、ポパイのポーズを決めるんだよ。こうやって。」
「うわ〜。嘘だろ、信じられん。」
「そしたら、あのCさんが(Cさんもちょっと変な人なのです)、課長に「あれは、ちょっとまずいですよ」って言いに行って・・・」

な感じの話が身振り手振りを交えて繰り広げられる。盛り上がる。いい年した名の通った会社のSEさんも、気心の知れた者同士はこんな話で酒を飲んでる。
噂のAさんはピントがズレてるけれど、真っ直ぐで憎めない人なので、後ろめたさを感じつつも、でも、結局は自分も笑う。話の継穂に困る酒宴も苦しいけど、こういう妙に盛り上がる場も苦手。ニコニコ相槌を打つばかり。でも、やはり共犯者だなぁ。多分、そらみみはふつうに性格が悪い。

まぁ、とにかく、変なAさんのおかげで、このお客さん宴会がいつも相当に盛り上がってることは想像に難くない。変人Aさんは、親睦を深めるという意味での貢献度は、間違いなく群を抜いている。(悲しいかな、そんなこと、会社側はこれっぽちも評価はしないだろうけど。)
人それぞれ、いろんな役回りがあるものの、筋金入りの変人にはなりたくないなぁと思いつつ、週末、引き篭ってピアノを弾いている自分も、変人に違いない。そもそも、多かれ少なかれ、皆変人なんだけど。
今回、変人奇人さん、笑ってしまって、ごめん。ここのネタに使ってしまい、ごめん。

05/05/12(木)
可愛いの発見
同じ時期に、別の本の中に、繋がりのある一節を見つけることがあります。不思議な糸に引かれて、巡り合ったような気になります。(〜北村薫著「詩歌の待ち伏せ」の「別れの唄」アオロクール西條八十訳の章より〜)

本の中に、自分が書きたいことそのままの一文を見つけるのは面白いですね。早速使わせて頂きました。さてさて本題はここから。この本にこんな可愛い話が紹介されてました。

 夕闇迫る頃、はりねずみの子が迷子になり、サボテンの温室に迷い込む。
 あちらに触れ、こちらに触れ、「ママなの、ママなの?」

どうです?オロオロしながらお母さんを探すはりねずみクンの様子。はりねずみクンのピンチをよそに、可愛い奴だなぁ!というのが素直な感想じゃないかな?まぁ、それはそれで置いておいて、興味深いのは、この「可愛い」らしさについての本書の突っ込み。「可愛い」は新明解辞典第二版によれば、

 自分より弱い立場にあるものに対して保護の手を伸べ、望ましい状態に持って行ってやりたい感じ

なのだそうだ。ユニークだけど、なるほど、頷ける。「可愛い」を感じる必要条件は、少し上から見下ろせる状態、心に余裕のある状態にあること。「可愛い」の一言の裏には、やや見くびりつつも、でも手を差し伸べてあげたいという心が、隠れているということ。新明解辞典恐るべし。
それで、ここを読みつつ、最近読んだ川上弘美さんの「ゆっくりさよならをとなえる」に出てた一節も思い出したのです。なんだか近いことを言ってるなぁと。「不幸に似通ったもの」の章に、次の一節がありました。

 恋愛において「軽くみる」「みくびる」ということは、大事なことなんじゃないかな、と私は思うのだ。
むろんみくびってばかりでは、恋愛にはならない。そしてまた、片方ばかりがみくびっていても、だめだ。けれど男が女を「かわいい奴」と思い、女が男を「うい奴」と思うとき、両者の心の奥底にあるのは、一種の「みくびり」じゃなかろうか、と思ったりするわけだ。

言葉の達人、川上弘美さんは彼女の嗅覚でこの「可愛い」の本質に行き着かれていたのか?新明解を読まれていたのか?はたまた、別の出典がどこかにあるのか?、その辺は謎ですね。とにかく、今まで「可愛い」を掘り下げて考えたことなんて、全然なかったので、ダブルで目から鱗でした。この辞典の定義以外の「可愛い」もあるのかな?

「可愛い」が満ち溢れれば、世の中もっとよくなるだろうなぁ。「可愛い」を増やすためには、まずは、
 1.可愛さを体現する側・・・弱さを見せるのを恐れないこと。
 2.可愛さを感じたい側・・・大らかに余裕をもつこと。
であるかな?

05/05/11(水)
川柳もいいもんだ
サラリーマン川柳のベスト10が発表になったけど、またまた独断と偏見で選考した、そらみみお気に入り賞の入選作は、以下の2作品です。

 ・ケンカしてわかった妻の記憶力
 ・オレオレはマツケンサンバだけでいい

「ケンカして〜」は、自分の経験と照らし合わせて深く頷けるのでした。
すっかり忘れていて身に覚えのないことで、ああだこうだ責められるのは辛っかたなぁ。多くの男性諸氏もきっと考えを同じくしてるんじゃないだろうか?なんでぎりぎり入選の10位なんだろう?
過去のことを、いろいろ蒸し返すのは、けんかでも、仕事で部下を注意する時も、かなり、よくないですぞ。夫婦喧嘩のときは、この歌を思い浮かべて、丸く収めて下さい。この川柳の作者は、そこまで考えてこの歌を作ってるのかな?
「オレオレ〜」この歌もうまい。他の作品はピンと来なかった。

05/05/05(木)
俳句もいいもんだ
俳句の選集「モナリザの告白」、面白かった。 思いっきり独断と偏見で選考した、そらみみお気に入り賞は、以下の15作品です。

 ・寒い夜を言い訳にして手をつなぐ  小野佳奈
 ・移り香の宣戦布告を受けて立つ  狩野房子
 ・恋一個レモン転がる先にある  野村悦子
 ・逢ふことの今日もかなわず月細る  恵美友紀子
 ・それじゃと手袋ごしのもどかしさ  蓮本昌代
 ・いい奴で終わってたまるか決断の夏  滝澤美幸
 ・雪合戦恋始まりて的は君  掛川亘
 ・ほろ苦き恋の味なり蕗の薹(ふきのとう)  杉田久女
 ・初雪の空を見るふり君を見る  蓮本 昌代
 ・くちづけの跡に染入る蝉しぐれ  深津洋子
 ・月下美人今宵逢いたき人のあり  松本良子
 ・ひまわりにつまさきだちてくちづける  原靖子
 ・噴水を背に円形の愛並ぶ  平尾圭太
 ・噴水の待たされ上手となりにけり  田口千恵子
 ・鞦韆(しゅうせん)は漕ぐべし愛は奪うべし  三橋鷹女

俳句の上手い上手くないは、よくわからないのだけど、言葉の面白い使い方、瑞々しい感性が感じられて、面白い。恋愛をすると皆、詩人になるんだね。俳句は古くて格式ばったものと思いがちだけど、そうじゃないということも良く分る。
あと、気に入ったのを書き出してみると自分の選定基準が見えてくる。どうも「宣戦布告」「雪合戦」「終わってたまるか」「〜べし」など勇ましい感じのものに票が集まる傾向がありそう。
で、そらみみお気に入り大賞は

 ・ひまわりにつまさきだちてくちづける  原靖子

「つまさきだち」が微笑ましく、「ひまわり」が爽やかでとても明るい。すべて「ひらがな」なのもやさしい雰囲気です。ほのぼのとした温かい映画のワンシーンを観る思いです。もう体感では夏なので、夏の歌にちょっとえこひいきがあるかも。

05/05/04(水)
春満喫
 〜ふじ〜
青空の日を待ってたら、花の盛りは過ぎていた。
名古屋方面では、それなりに有名な江南・曼荼羅寺の藤、もうほとんど終わりで、なんとか遅咲きの藤に間に合った感じ。もう、わざわざ交通費を払って行くほどじゃないなぁ。(執念で写真は撮った)

一口メモ
・藤の種類の一つ、カピタン = キャプテン

 

 
05/05/04(水)
月と音の関係
・三日月 = クレセント(英) ≒ クレッシェンド(伊) 
(本日、一宮の野外ライブにて、KABAさんとの話で。KABAサウンド、今日もよかったなぁ。)
辞書によれば、これから成長してゆくものの象徴なんだとさ。季節で例えると三日月は春。the Crescentでトルコの軍隊や、イスラム教の意味もあるのか。少し賢くなったよ。)

05/05/01(日)
国産ピアノ回帰?
ピアノを色で例えると?
昨日はネットで知り合ったある方のところで、グランドピアノを弾かせて頂いた。
グランドピアノを普通の部屋に入れたら、どんなふうになるのだろうか?たいへん興味を持っていたのだ。

弾かせて頂いたのはヤマハのG2。タッチがすこぶる良いのに、びっくりした。ヤマハ社のピアノでよく言われるような金属製の甲高い響きも無い。中古とのことだけど、保管状態がたいへん良かったのだろうか?素晴らしいピアノだった。

聞くところ、新品のアップライトと同程度の価格とのこと。(具体的に書けば100万↓)やっぱり狙い目は、中古のグランドかなと思う。

憧れのヨーロッパのピアノは、どれも400万円ぐらい。ピアノを入れる部屋のことも考えると、薄給の身には、ため息の出る出費であるのだけど、国産のピアノで、こういう良い楽器に出会うと、憧れグランドピアノ生活も現実味を帯びてくる。

そうそう、これを記しておかねば。国産回帰は、けっして妥協ではないのだ。

ふとひらめいたのだけど、今回触れたピアノは、キャンバスに例えると「真っ白」のイメージなんですね。何色にも染まっていない、いろんな絵を描ける可能性を秘めてる。
それに対して、ヨーロッパのピアノは、個性があって、たとえば、プレイエルだと「薄いオレンジorピンク」、ベヒシュタインは「透明に近い薄青」、ザウターは「深緑」といった感じ。
タッチと音色で弾き手の気分を操ってしまうヨーロッパピアノの個性には脱帽なのだけど、悪く言ってしまえば、個性的=癖 ということでもあり、個性がない真っ白は、それでそれで、素晴らしいことなのかな?と思う。

これからも、いろんなピアノを弾いて、いろんな曲を弾いて、指先と耳を肥やしていきたいなぁ。

05/05/01(日)
黒檀の不足 朝のニュースで、木管楽器やピアノの黒鍵に使う黒檀がたいへん手に入りにくくなってる話が流れていた。
乱伐がたたって、以前に比べると何十分の一しか手に入らないのだそうだ。
ヤマハのピアノでは天然の黒檀の代わりに、別の樹木に特別な薬剤を浸透させることで、黒檀そっくりにした人工黒檀が使われてるとのこと。木管楽器では、問題はより深刻のようで、楽器メーカーの技術者の挑戦は続くとのこと。声援を送りたいと思った。




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